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Vol.5
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| 〜生きながら伝説のジャズ・シンガー〜 Jimmy Scott/Holding Back The Years |
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◎Why Was I Born? 昨年の3月、某国営放送の衛星放送で、「リトル・ジミー・スコット:Why Was I Born」という彼の数奇な人生を記録したドキュメンタリー番組がオンエアされました。また、今年1月にオンエアされた、その再放送をきっかけに、いま、生きながら伝説となっているジャズ・シンガーJimmy Scottブームが起こっています。(弘前では起こってない?うーむ)そのブームの中彼は、今年の春来日を果たし、十数回のライブを行いました。今年もう一回来日するという話もあるのですが、果たして東北にくるかどうかは? ◎Littleの持つ意味 彼は、1925年オハイオ州生まれ。13歳の時に母親が交通事故死し、父親に生活能力がなかったため兄弟はすべて施設に入れられました。このような不幸な少年時代を過ごしましたが、40年代には、ショービジネスの世界に飛びこみ、48年にはLionel Hamptonの楽団に加入します。当時人気絶頂だったこの楽団に50年代初頭まで在籍し、数々のヒットを放ちました。当時の芸名は、Little Jimmy Scott。これは、彼の少年のような風貌とハイテナー・ヴォイスに由来するものです。ちなみに、彼の声はとても75のおじいさんには聞こえない若々しいものですが、それはホルモンの欠如によりある時期から身長が伸びず、声変わりもしていないという特異体質だったためなのです。 ◎ショービジネスへの失望 50年代に楽団から独立した彼は、いくつかのレーベルからレコードを出しますが、売れても売れてもわずかなお金しか入らないという半ば奴隷のような扱いを受け、ショービジネスに失望し、アルコールに溺れるようになりました。そして70年代半ばから80年代半ばまでは地元のホテルで働いていたそうです。でも、歌への情熱は失うことはなく、80年代半ばに再びクラブで歌い始めました。 そんな彼を応援し、再び栄光の舞台に上げようとした内の一人に名ソングライターのDog Pomusがいました。彼はビルボード誌への寄稿(死んでから彼のことを評価してもしょうがないという内容)や業界関係者への支援の依頼など、いろいろな動きを行ったのですが、その甲斐なく91年に亡くなりました。ところが、そのお葬式でDr.johnのオルガンをバックにしたJimmyの歌声を聞いたサイヤー・レコードの社長がJimmyに契約を申し出ます。 ◎聞けばわかる! サイヤーとの契約後、彼の運命は好転します。次々とアルバムをリリース(最近日本でも再発されました)し、第2の人生を謳歌しているような感じです。さて、この「Holding・・・」ですが、とにかく聞けばわかる!ちょっとだけ内容に触れるとほとんどがPOPソングのカバーですが、例えば、「Slave To Love」なんてBryan Ferryのオリジナルと聞き比べてもちょっと分からないほど、自分のものにしています。魂の叫びなんて、ちょっと言い尽くされたような言葉だけども、天国にいるであろうDog Pomusに感謝しながら、Jimmyの魂の叫びに耳を傾けたいんですね。
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Jimmy Scott/Holding Back The Years 1 What I Wouldn't Give |
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