メンバーおすすめコラム 「こりゃいいー」


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第8回 なつかしのプロレスラー 編

「巨人・大鵬・卵焼き」世代のヒーローたち

その1 日本人編
★ヤマハブラザース★
山本小鉄と星野勘太郎の日本人レスラーのタッグチーム。
舞の海のように、”小兵”の二人が連携プレーで、
そんなに強くはなかったのですが、負けてもそれなりに楽しめ、
外人タッグに勝った時には拍手喝采したものです。

★グレート小鹿★
口ひげをたくわえ、悪役もやっていたレスラー。
「タイガーマスク」や「アニマルワン」の漫画にも出てきたと思います。
ゴツイ顔なのに、名前が可愛く「小鹿」だったので、「すげー不釣合い!」
と子供心に思ってました。

その2 外人編
★ボボ・ブラジル★
キャッチフレーズは「南海の怪人」だったかな?
得意技は「ココパット」。
ジャイアント馬場との試合では、「ココパット」に対して
馬場の「椰子の実割り」が炸裂。
この完成させた”語ろ合わせ”、絶品ですね。

★アンドレ・ザ・ジャイアント★
最大の巨人レスラー?。
この頃のプロレスはまだ、興行=見世物=桜祭りの人間ポンプ的な
雰囲気が有りましたね。
早くに亡くなってしまいましたが、怪物と呼ぶに相応しい容姿とは裏腹に
、哀愁が漂った雰囲気がありましたね。
映画の「エレファントマン」を思い出させます。

★ミルマスカラス★
やっぱこの人は外せないでしょう。
あの「スカイハイ」のテーマと共に、空中殺法といえば「仮面ライダー」か「マスカラス」かです。
マスカラスのショウアップされた
技の完成度の高さは今でも、越えられていないのでは。

                                                                                                          (わたりんの弟子)

 ・あの軍団は今 「国際血盟軍」

リーダー ラッシャー木村・・・故ジャイアント馬場と長年抗争を続けたが、男気に惚れ、後に義兄弟となり、ファミリー軍団として全日本プロレスの前半戦のメインイベンターとして活躍。現在は全日本プロレスを退社、三沢光晴前社長が新たに旗揚げする「NOAH」に参加する。意外なことにあの永源遙のデビュー戦の相手である。

参 謀 格 鶴見 五郎・・・ラッシャー木村の右腕として活躍。独特のリングコスチュームと凶器攻撃でプロレスマニアの中では意外に人気があった。全日本プロレスを主戦場としていたが、SWS旗揚げに参加、SWS分裂後インディー団体を主戦場として活躍中。

構 成 員 剛 竜馬・・・国際プロレス所属時代、あの藤波辰彌とライバル関係にあったと聞く。リーダー・参謀格の陰に隠れて目立たない存在であったが、袂を分かち合って「パイオニア戦志」なる団体を旗揚げ。間もなく解散してからは一匹狼「プロレスバカ」として活躍?

準構成員 高杉 正彦・・・かつて「ウルトラセブン」というマスクマンであったらしい。構成員の団体旗揚げに参加。活躍したかといえば、はなはだ疑問が残る。今はどこで何をしているのやら・・・。

(タイガードライバー2000)

 ・「本気(まじ)です・・・」

今から二十数年前、プロレスはテレビのゴールデンタイムで放送されていました。
その時の“ジャイアント馬場vsアブドーラ・ザ・ブッチャー”戦の時のことです。
当時の悪役NO.1ブッチャーは試合開始早々、フォークをトランクスに隠し、馬場の額を滅多刺し。
試合開始1分で馬場は大流血の惨事になっていました。
それを見ていた、うちの祖母(当時60歳中ば)が、「あらら、何やってらんだば、こただことすて、警察なして、こねんだば!」と本気で嘆いていました。
しまいには、「私が警察に電話してやる!」と言いだしたのを家族が必死で止めたのです。
祖母はその後も、「あれは人殺しだ!」と激怒していました。

※今、考えるとゴールデンタイムから流血戦だと、一般の家庭は食事ができなくなって、視聴率が下がるのも当たり前だよな〜。

(総合芸術家)

 ・「最初で最後のプロレス生観戦」

小学生の頃,地元の体育館でプロレスがありました.悪友数人と体育館の戸の隙間から覗いていました.で,場外乱闘になり,その戸が開いて,お客さんが出てきました.そのドサクサにまぎれて,会場にもぐりこみ,最初で最後の生観戦となったわけです.
その時いたのがジャイアント馬場.本当にでかくてびっくりしました.退場の時,しっかり肩を叩きにいきました.

(わたりん)

・「初代タイガーマスク」

私にとっての懐かしのプロレスラーといえば、
初代タイガーマスク、佐山聡君だろうか。
新日華やかなりし頃。
といっても今が廃れているという意味ではないのだが、
私のなかで最も熱く感じられた時代を象徴するような
華のある選手だった。
何の意味もない選手踏みつけの宙返りなどは、
ただ叩き合うだけのプロレスとは違う何かを伝えて
くれたような気がする。
当時、まねをして左右どちらでもローリングソバットを
出せるようになろうと練習したのは私だけではないはずだ。

(わん)

 ・印象に残っている葉巻

 その昔、テリー・ファンクのさよなら興行(いったい何回さよならするんじゃ?)で全日本プロレスが市立体育館に来たことがあった。試合そのものは特に見るべきものはなかったが、試合前に、バスタオルを買い、馬場さんにサインをしてもらったのだが、その時の馬場さんの大きさと、葉巻の大きさが妙に印象に残っている。しかし、馬場さんのみならず、その後を次いだジャンボ鶴田も亡くなってしまったのには、時代の流れを感じてしまいますね。

(事務局長)


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