平凡コラムVol.16 「人はなぜ歩く?」

“人はなぜ生きるのか?”
“人はなぜ愛を求めるのか?”
“人は何処に行くのか?”
なんて、ソクラテス、プラトン、ニーチェが眉間にシワを寄せる哲学的な話ではありません。
「十和田湖一周(50km)ウォーク」の体験リポートなのです。
ことの始まりは、悪友Tが仲間3人を道連れに勝手に「十和田湖一周ウォーク」に申し込んだことから始まったのです。
(今回ほど、悪友だと思ったことはない。怒、怒、怒。)
悪友T談:十和田湖ウォークのすばらしさの理由をたれる。
@若い女の子がいて、歩きながらお話ができてとてもハッピー。
A前に若い女の子がいて、その汗で透けた短パンのお尻のあたりを見ながら歩くととても元気が出る。
B歩くと、今までの人生が走馬燈のように思い出され、自分の人生観が変わる。
と、無理矢理納得させられ、夏の朝、AM2:30に起き十和田湖へ。
なんと、参加人数1200人!これには驚いた。
(ただ、歩くだけなのに、この人たちは何を考えているんだ…唖然…?)
おまけに、若い女の人なんてほとんど見あたらない。
参加者のほとんどが、中高年のオジサン、オバサン。
(やられた!ここで第一次放心状態。)
とにかく、2000円の参加費は払ってしまい、このまま帰ると損なので、とにかくAM5:00スタート。
途中、三つのチェックポイントがあり、そこで証明書にスタンプを押してもらい通過するルール。
とにかく、歩け、歩け。
途中、友Fが20km地点でリタイア。
(リタイア用バスがチェックポイントで待機している。)
「このままでは自分もリタイアしてしまう。」と思い、励みのためにTが言ったように限りなく少ない女の子に話しかける(状況@)
わたし「お疲れさま、大変ですね。」
女の子「はい…。」(沈黙)
もう、疲労がピークに達し、話す気力もない様子。
(それは、私も同じことなので、話がほとんどない。第二次放心状態。)
返事してくれるのはいいほうで、たいがいは無言。
(考えてみれば、山道のアップダウンが非常にキツく、しゃべりながら歩ける50kmではないのだ。)
そこで、お尻を見ながら歩く(状況A)に作戦変更。
ところが、この日は風雨が強く、ほとんどの女の子がジャージ。
しかも、お尻が隠れるようにリュックを背負っている。
(第三次放心状態を迎える。)
そこで、しかたなく自分の人生を振り返る(状況B)。
が、しかし、体力の限界で、思考能力ストップ。
(第四次放心状態[虚脱状態])
ただ、早く終わりたくて、しょうがない。
人生なんて考えている余裕は全然ありません。
(人生なんてどうでもいい、今の苦痛から逃れたい。)
とにかく、キツイ!40キロ地点を過ぎてからは、もう大変。
ただ途中リタイアすると、これから悪友Tに「十和田一周できたのは俺だけだな。」と酒宴の席のたびに自慢されるのは嫌だ。
その思いで、とにかく歩け、歩け。
(ちなみにPM3:00までに40km地点を通過しない場合とPM6:00までにゴールしない場合は自動的にリタイアとなりバスで強制送還。)
PM4:30無事ゴールイン。
(なぜか松山千春の「青春セカンド」の曲で迎えてくれる???)
十和田湖一周50kmを11時間30分で走破。
もはや、足はガクガク、“もう一生歩きたくない”のと“車のありがたみ”を実感。
(ちなみに我がチームの状況は、悪友T、PM3:30完歩[過去2回出場している]。わたし、PM4:30に完歩。友N、PM5:00に完歩。友F、20キロ地点リタイアし、空き時間はラーメンとビールでくつろいでいた。)
帰り道、悪友Tだけが「来年も、もう一度トライしよう!」と張り切っていた。
(誰が行くか!)
「人はなぜ歩くのか?」そんなこと知りたくもないし、わかりたくもない。
とにかく、つ・か・れ・た…。
かずひさ くどう (歩くことに人生を見いだしたくない総合芸術家)