平凡コラム Vol.7 「年賀状出さない主義者」

 

私は、知る人ぞ知る年賀状出さない主義者だ。

反郵政省運動の主謀者ではない。

年賀状の形式的な行為が無意味に思えてならないのだ。

単なる、習慣だから、まわりがみんなしているから、仲間はずれになるのが嫌だから、など、自己に主観が無く、まわりの環境だけに順応するのを心よしとしないからだ。

(感謝の気持ちは普段の行動で表すようにしている…つもり。)

昔いた会社に「おれ、年賀状100枚以上書くだろう、だから忙しくてしょうがないや、年末は嫌だね」と年賀状を多く出すことを自慢げに話していた奴がいた。

(本人は自分の交遊の広さを自慢したかったらしい…そんなに嫌なら年賀状出すなよと言いたかったが。)

そんな訳で、日本人は友達の多いことが一つの自慢になるらしい。

(日本人的に言えば、友達も質より量なのだろう。)

今の携帯電話蔓延症候群も、誰かと同じ事をしたり、常にコミュニケーションをとっていないと社会から阻害された気分になり不安になるかららしい。

よく朝日放送の「朝まで生テレビ」に出演している、宮台真司さんがこんなことを言っていた。「私たち日本社会を支配し続けてきたものは、自分と周囲が違わないことによる安心をコミュニケーションの支えにするという、明白の共同体的な作法である。」(ちょっと、難しいね…)

簡単に言うと、世間と同じだと気持ちが落ち着くってこと。

ところで、話が変わるが年賀状を出さない私にも、年賀状は来ることがある。

その時、どうするか?

何もしないのは、せっかく、書いてくれた人に悪い。

かといって、年賀状を出してしまうと、その次から習慣が続くことになる。

そこで、電話、FAX、Eメールを利用する。(あるいは直接)

そうすると、相手の所に年賀状が残らないため、次の年来る可能性は極めて少なくなる。

もしかしたら、「手紙が嫌いなの?」と思われたかもしれないが、私はよく手紙を書く筆マメ蔵です。

年間、ハガキと封書を合わせたら150通以上は出しています。

必要な時や感謝の気持ちを伝えたいときはその都度、手紙を書いています。

それでは、このコラムを読んでくれている貴方に心から感謝して(私の与太話聞いてくれて、ありがとう)

くどう かずひさ・幻の2000年の年賀状を送ります。

 

                                       くどう かひさ(総合芸術家)